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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7480号 判決

理由

一、まず原告が請求の原因第一項の(A)において主張するごとき趣旨の契約が原被告間に成立したか否かについて判断する。

訴外会社が昭和三八年五月二四日頃被告会社との間で、同会社製造にかかる電気製品の販売特約店契約を締結し、その頃より取引を開始し、訴外会社が多量の右製品の継続的提供を受けていたことは被告の自認するところであり、《証拠》を総合すると、訴外会社が右のようにして被告会社の販売特約店となつてから間もない頃、かねてより商取引の関係で面識のあつた訴外会社代表者渋谷安毅と原告会社代表者国保庸との話合により、原告会社においても訴外会社の取引枠を利用して被告会社とその製造にかかる電気製品の卸売取引を始めたいものと考えるにいたつたこと、そこで原告会社は昭和三八年七月頃訴外会社を介して被告会社の電気製品卸売販売部門の担当者であつて同社電気製品販売部長なる地位にあつた安井繁にその旨を申し入れたところ、安井としても電気製品の販路を拡張すべき職責があつたところからこれに異存がなく、直ちに原告会社、訴外会社の各代表者および安井の三名において、しばしば連絡し折衝を重ねた結果、その内容が漸次具体化し、同年八月中頃には、右三者間において(A)原告会社と訴外会社との間で、(イ)訴外会社において、原告会社をさきに販売特約店契約を締結している被告会社製造の電気部製品の販売取扱店に指定すること、(ロ)原告会社と訴外会社は右相互取引を恒常的に安定したものとするため、販売取扱店に指定された原告会社は、被告会社が後記(B)の覚書を原告会社に差し入れることを条件として、訴外会社に提供し、同会社は右建物につき被告会社のため根抵当権を設定すること、(ハ)訴外会社は右提供にかかる建物の価額相当の電気製品を、原告会社の要求する数量だけ訴外会社を経由して(すなわち同会社の被告会社との間に取引枠を利用して)、被告会社が原告会社に継続的に供給することを保証するなどの契約を締結するとともに、他方安井は被告会社の代理人として立会人となり右契約を承認すること、(B)被告会社は前記(ロ)の約定により原告会社が訴外会社に対し本件建物を提供し、これに被告会社のため根抵当権を設定しその旨の登記を経由したときは、直ちにその価格金一、五〇〇万円相当(ただし原告会社代表者は当初その価格金二、〇〇〇万円相当と考えていたが、後記のとおり契約締結に際しその範囲内の金一、五〇〇万円と減額され、原告会社代表者もやむなくこれを追認した。)の電気製品につき、原告会社の要求する数量を訴外会社を経由して確実に原告会社に供給することを原告会社および訴外会社に確約し、その旨の覚書を作成し、これを原告会社に交付するとの了解に達したこと、かようにして右三者間で了解した契約内容を主として安井が起案し、前記(A)の契約内容を記載した取扱店契約書と題する書面の草稿(甲第一号証の一)はこれを訴外会社で数通タイプし、その一通を原告会社に手交し、前記(B)の覚書内容を記載した書面の草稿(甲第一号証の二)は安井がタイプし、これを被告会社に保管し、それぞれ所定の記名押印を残すばかりとなつていたこと、しかるにたまたま同年同月下旬安井繁において取引上の問題処理のため、にわかに九州方面に出張することを余儀なくされたので、右記名押印ができないままでいたところ、同年九月一日頃安井は出張先から電話で自己の部下佐久間栄之に対して、前記(A)、(B)の各書面の所定欄に記名押印することを命じ、また被告会社と訴外会社にも右と同趣旨のことを電話連絡し、併せて右記名押印することによつて早急に契約を締結すべき旨を求めてきたこと、そこで原告会社代表者は直ちに手許に保管していた前記(A)の契約書の草稿の所定欄に自己の記名押印をなし、これを新宿区坂町に所在する訴外会社事務所に届けたので、訴外会社代表者も同じく右契約書草稿の所定欄に記名押印したこと、一方安井の命を受けた佐久間は、安井の使者として、前記(B)の覚書草稿と安井の印鑑を訴外会社事務所に持参し、同会社代表者の面前で、安井の指示にもとづき右(A)の契約書末尾の立会人、被告会社電気製品販売部長安井繁なる名下に持参した安井の印鑑を押捺し、また(B)の覚書末尾の被告会社代表者総支配人J・E・ロビンソンなる記名の次欄に「代理人安井繁」と代筆し、その名下に安井の印鑑を押捺したこと(前記三者間における電気製品の継続的供給契約の成立)が認められる。以上の認定に反する証人安井繁の証言部分および証人佐久間栄之の証言は、前示各証拠に対比するときは、これをたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、つぎに右安井繁が被告会社のためにした右契約の効果が同会社に帰属するか、すなわち安井が右契約の締結につき被告会社の代理人たる地位権限を有していたか否かにつき審究する。

《証拠》を総合すると、安井繁は昭和三八年五月一日被告会社にManager. O. P.として入社し、これを日本語に翻訳し電気製品販売部長なる職名を使用し、被告会社としてもこれを許容しており、同年九月一八日退職するまでその地位にあつたこと、右安井の職務内容は被告会社製造にかかる電気製品の卸売販売であり、同人の在職中右販売部に勤務する者としては安井のほか、僅かに佐久間栄之ほか一名の女性だけであつたが、安井が同部勤務者中の最上席者であつたこと、被告会社のセールス・デイレクター(日本語で営業取締役と翻訳し使用した)であつて同会社に勤務する日本人中の最上席者であり、かつ安井の在職中の上司であつた小林栄は訴外会社代表者その他社外の第三者に対し、つねづね「電気製品の販売関係については安井繁部長にすべて一任してある、同部長がその責任者だ」などと述べていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかして、以上の事実によると、安井繁は被告会社の電気製品販売部門において、商法四三条一項にいわゆる番頭ないし手代に該当する商業使用人とみるのが相当であり、しかも全証拠を精査してみても、右安井の権限につき被告会社が制限を加えていたことに関して原告が悪意であつたことを認めるに足るものが存しないから、安井は被告会社の前記販売部門に関する限り裁判外の行為をする包括的な権限を有したものと解すべきである。そうだとすれば、安井は原告との間の前示認定にかかる継続的電気製品供給契約の締結につき、被告会社を代理する権限を有したものというべきである。

よつて原被告間に前示認定のごとき趣旨の契約が成立したものというべきである。

二、つぎに《証拠》を総合すると、原告会社としてはなるべく早く被告会社との取引を始めたいものと考え、前記契約の成立に先立ち昭和三八年八月中に訴外会社の総務部長仲畑憲一を通じて、該契約成立後被告会社に対し根抵当権設定のため差し入れるべき本件建物の登記済権利証、印鑑証明書、委任状などその登記手続に必要とする書類を交付していたが、被告会社の内部事情その他によつて可成りの期間その手続が取られないままでいたこと、その後被告会社において昭和三八年一〇月ないし同年一一月初め頃、原告会社に対して、「さきに被告会社と訴外会社との間に締結された昭和三八年五月二四日付継続的商取引にもとづき、訴外会社が被告会社に対し債権元本極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権設定契約につき、さらに原告会社所有の本件建物を追加担保として提供する」旨の記載があり、訴外会社を債務者、原告会社を担保提供者とする「追加抵当差入証」の作成提出を求めた(被告会社側の直接の事務担当者は同会社の岸田部長であり、右書面の草稿は被告会社で作成したものと認められる)ところ、原告会社代表者国保庸は該書面を作成提出すれば、約定にもとづき直ちに被告会社との取引が開始するものと考えてこれを承諾し、即時該書面に所要の記名押印をしたこと(根抵当権設定契約の成立)が認められ、右認定に反する証人小林栄の証言は措信せず他に右認定を動かすに足る証拠はない。そして、右書面にもとづき、昭和三八年一一月一二日本件建物につき請求の趣旨、第一項に記載の登記がなされたことは当事者間に争いのないところである。

以上の事実についてみるに、前記原被告間の電気製品継続的供給契約によれば、原告において本件建物につき根抵当権を設定することが取引開始の条件とされており、しかも右契約により原告が被告より商品の供給を受けるのは被告と訴外会社との間の販売特約店契約によつて設定された訴外会社の取引枠を利用してすることになつており、それによつて原告側に生ずべき債務の支払を担保するため本件根抵当権の設定とその登記がされる趣旨であつたこと前に認定したとおりであるから、被告会社の主観的意図のいかんにかかわらず、原告は約旨にしたがつた根抵当権の設定とその登記を経由し、原告の被告に対する債務の履行を了したものというべきである。しかるに、被告がその後原告の再三の請求にもかかわらず、前記契約にもとづく電気製品の継続的供給を実行しないばかりか、右契約の成立自体を否定するため、原告が本訴請求におよんだことは本件弁論の全趣旨に徴して明らかである。

三、ところで、原告は請求の原因第四項において述べるごとき事由から、被告は詐欺により原告をして本件根抵当権を設定させたものであると主張するが、全証拠を検討してみても、被告が本件継続的供給契約ないし根抵当権設定契約の締結当時原告を欺罔しようとしたことを認めうる証拠はなく、かえつて《証拠》によれば、原告が契約にもとづき根抵当権を設定すれば被告会社より約旨にしたがつた商品の継続的供給が行なわれるものと確信していたことが認められ、また《証拠》によれば、本件根抵当権設定登記前、訴外会社代表者が被告会社の営業取締役小林栄に対し、前示のとおり安井が被告会社の代理人として作成した契約書および覚書(甲第一号証の一、二)を示したところ、右小林は「こおいうものがあつたのか。なるべく早く商品を出荷するようにする」などと述べたことが認められるのみならず、《証拠》を総合すると、被告会社の幹部は安井繁が訴外会社を通じて原告会社と取引をしようとする動向にあつたことを安井の報告によりある程度は知つていたけれども、安井が被告会社の代理人として原告と締結した契約の存在を知らなかつたが、その後これを知るにおよんで対策を考え、さらに本件根抵当権設定登記経由後、首脳関係者が協議し、米国ニユーヨークに所在の母店の指示を求めたりなどした結果、訴外会社の有する多額の債務の完済が容易に期待できないこと、安井と締結した契約の法的効果が被告会社におよばぬものと解釈しうることなどから、右契約の存在を無視し、被告が最初に考えていたとおりに本件根抵当権を訴外会社の債務担保だけを目的とするものとして取り扱う方針に決め、原告の再三にわたる請求を拒絶したものと推認される。

したがつて、本件根抵当権設定契約が被告の詐欺行為にもとづいて成立したものであることを前提とする原告の請求は失当たるを免がれない。

四、よつて進んで、請求の原因第五項において主張する仮定的請求について審案する。

原被告間に前記のごとき趣旨の電気製品の継続的供給契約が成立し、原告がその約旨にしたがつて本件根抵当権を設定しその登記を経由したにもかかわらず、被告が約旨に反して原告の再三の請求に応ぜず約定の電気製品の継続的供給を実行しないことは前に認定したとおりであるから、被告は原告に対し履行遅滞の責に任じなければならない。

ところで、履行遅滞を原因として契約を解除するためには、相手方は相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行のない場合に初めて解除しうるのであるが(民法五四一条)、債務者において契約の成立それ自体を否定し、あるいは履行の催告をしても債務者が翻意することが到底期待できないほど確定的に履行拒絶の意思表示をするなど特別な事情のある場合には、催告を要しないで直ちに契約を解除するものと解するのが相当である。本件についてこれをみるに、原告は被告に対し再三履行を請求したと述べるだけで、何時いかなる方法によつて履行の催告をしたかはこれを主張しないが、債務者たる被告において前記継続的供給契約の成立それ自体を否定していること前示認定のとおりであるから、原告は何らの催告を要せずして右契約ならびにこれに伴う本件根抵当権設定契約を解除しうる場合に該当するところ、原告が本訴状の送達をもつて右契約の解除の意思表示に代えたこと、および該送達のあつたのが昭和四〇年九月三日であることは当裁判所に顕著な事実である。

してみれば、原被告間に締結された前記電気製品継続的供給契約および該契約を前提とする本件根抵当権設定契約は昭和四〇年九月三日限り適法に解除されたものとみるべきであるから、被告は右契約の成立と存続を前提とする本件根抵当権設定登記の抹消登記手続をする義務があるといわねばならない。

五、よつて、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容。

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